Netflix「2人のローマ教皇」が100倍楽しめる豆知識

Netflixの映画「2人のローマ教皇」が 上映・配信されました。

アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライスの演技と、時にコミカルな描写に笑い、時に重厚なドラマが心を打ちます。

この映画には、近年のカトリックのニュースや西洋思想を知っているといないとでは理解に差が出る部分がありました。

そこで、これを知っていれば映画を見たときや鑑賞したあとに 『そういうことか!』 と理解が深まる豆知識をまとめてみました。

よろしければ映画鑑賞のお供にご覧ください。

*ネタバレを気にされる方は鑑賞後にご覧ください。

教皇

世界13億人の信者をもつカトリックの最高指導者。枢機教が集まって行われる選挙「コンクラーベ」にて選出される。

劇中に語られるとおり、基本的に一度就任したら死ぬまで教皇を続けることになる。当時、ベネディクト16世の退位もかなりショッキングなニュースとして報じられた。この流れは日本の平成天皇が例外として退位して上皇となったのが思い起こされる。

この物語は2013年の教皇の退位を題材にしたフィクションである。

教皇ベネディクト16世

この物語の主人公の一人。ドイツ出身。本名はヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー。

作中ではもう一人の主人公ホルヘ神父との対比のために「ナチ」などと呼ばれ超保守派として描かれているが、元来はひたすら学者肌の司祭でそれゆえ信者からは遠い存在であったと言える。

作中と違い、スターウォーズのパルパティーン皇帝に似ているため世界中でコラが作られるなど愛され人気がある部分もあった。

ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ神父

後の教皇フランシスコ。2019年11月に日本を訪れたためニュースでその姿を見たという方も多いであろう。

清貧を愛する庶民派として知られる。

初の南米出身教皇で、これまで教皇が行かなかった貧しい国や地域を精力的に訪れていることで有名。ラスト付近のシーンはそれを表している。

修道会

カトリックは活動の趣旨によっていくつかの「修道会」が存在する。
修道会は日本の仏教でいうところの宗派のように思われるが、教義は共通であって互いに連携していたりトップである教皇が宗派を越えて選出されたりと、政党の「派閥」ととらえたほうが日本人にはしっくりくるかもしれない。

ホルヘ神父が所属するイエズス会は修道会の一つ。日本ではフランシスコ・ザビエルの修道会として知られる。
高等教育と世界各地での宣教活動を重視しており、過度に先進的な場合があるので時に批判されることもある。

神の声と沈黙

遠藤周作の「沈黙」など、キリスト教を題材とした物語には、神の声が聞こえ信仰や神学の道に進んだり、逆に苦境に立たされても神が沈黙を保ったままというジレンマがよくテーマになっている。
この作中でも、神の声と沈黙が色んな場面でキーワードとして語られる。

告解(ゆるしの秘跡)

罪を神父に告白し赦しを得ること。懺悔という単語の方が日本時には有名。
神父は告解の内容を絶対に他人に語ってはならない。

また、告解をすればキリスト教としての赦しを得ることができるが、もちろん社会的な責任や罰は別の話であり消えることはない。

赦しと祈り 西洋と東洋の感覚の違い

ヨーロッパ諸国には「人間は弱く罪を犯すものである」という考えが根底にあり、自分も罪を犯すかもしれない弱い人間なので裁定は神が行うという考えがある。
一方、アメリカや現代の東洋社会…日本や中国などでは「人間は自分をコントロールできる強い生き物であるべき」という考えが根底にあり、自己責任などが語られる。

このように西洋文化では意見が対立したり罪を犯した人間のことも決別せず神にゆだねる風潮があり、東洋人や米国人には理解しにくいところがある。

ホルヘ神父は意見が対立しているベネディクト16世が就任した際に「教皇のために祈ろう」と言う場面があるが、これも皮肉ではなく彼の事は神様が導いて下さるだろうということを意味している。
また意見が対立しながらもお互いを認めて同じ時間を過ごし、お互いに告解して罪を赦しあっている。

3人の教皇がいた

ベネディクト16世が「3人の教皇がいたこともある」という場面がある。これは 1978年8月6日にパウロ6世が病死し、ヨハネ・パウロ1世がコンクラーベにて選出されたが在位33日で急死。ヨハネ・パウロ2世が選出されたという出来事の事。

教皇が同時に3人いたということではなく、そう論破される。

 


いかがだったでしょうか? 「2人のローマ教皇」 を楽しんでいただけると幸いです。

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